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管理人まめママ、私事で誠に申し訳ありませんが多忙につき、只今コメント欄の方を閉めさせて頂いております。

2009年11月25日

たとえこの先、立つ事が出来なくても…

私事で誠に申し訳ありませんが、管理人、多忙につき只今コメント欄の方を閉めさせて頂いております。ですが、どうぞ楽しんで行ってくださいませ。)
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今日はお話が長くなりそうなので、お時間がありましたら…
よかったら、お付き合いください。

一体何から書いたら良いのか…。
先日の記事で報告させて頂いた「ささみ」の事ですが…
悩んだ結果、「ささみ」が我が家に来た10月24日からの事を順を追って書こうと思います。

10月18日、先輩文鳥の「たれ」が5年の生涯を閉じました。
残された「しお」。
日に日に人懐っこくなってきたのです。
「文鳥は1羽になってしまうと人懐っこくなる。」
と聞いていた私。
確かに、人懐っこいのは嬉しい事だけど、同じ文鳥同士で仲良くしている姿を見ているのが良い…
そう思っていたので、急激に人懐っこくなる「しお」の姿を見ているうちに寂しくなり、「しお」が可哀想に思えてなりませんでした。
そんな時、まだ「たれ」が亡くなって間もなかったのですが、出来る限り早く新たな家族を迎え入れて、また「しお」も楽しく生活して貰える様に新たに雛を迎える事を決断しました。
宜しく御願いします。.JPGそして、新たな家族として迎え入れたのが、「ささみ」と「つくね」でした。
「ささみ」はシナモン文鳥。
「つくね」は桜文鳥。

ペットショップのかごの中で、仲良くくっ付いていた二人を迎え入れたのです。

何故2羽?
ずっと前から我が家の家族だった「しお」がもう5歳だったから。
まだ生まれたばかりの「ささみ」と「つくね」。
もし、「しお」が先に逝ってしまった時にまた1羽となって寂しくならないように…。

こうして、私の「文鳥育児生活」が始まりました。
元気すぎる….JPG1日4回のふやかした「粟玉」を与えながら、少しずつ立ち上がる練習、続いて羽ばたいて、最後には飛べるようになる。

二人とも元気いっぱいだったので、だいたい11月半ば頃には挿し餌も終わり、少しは飛べるようになり、部屋の中をチョンチョンと跳ねながら遊び…
最終的には「しお」との同居生活も始められるようになるだろう。
そう思っていました。



飛ぶ連数も始めました。.JPG
最初は順調に進んでいた、「育児」。

「つくね」の成長は異常と思えるほど早く、あっという間に立ち上がり、少しずつ飛べるようになりました。

ですが、「ささみ」は…
少し立ち上がる事は出来たのですが、羽ばたいてもすぐに落ちてしまう。

色々私なりに勉強もしました。
シナモン文鳥は少し身体も弱く、成長が遅い子もいる。
シナモン文鳥以外の子も当然寒さには弱い。
そのほかにも色々…

ヒーターを出して暖めてもいました。
少しでも沢山のゴハンを食べて、元気に育って欲しいと思い、お腹が空いたと啼き出せばゴハンも与えても居ました。

ですが、最初は沢山食べていたゴハンの量もだんだんと減りだしたのです。



二人のゴハンを貰ったが為に….JPGゴハンの量が減っていても、「ささみ」は元気でした。
ですが、やはり少し脚が弱い感じがする…

上手く立ち上がることの出来ない脚でも、そっとリビングの床に下ろしてあげれば一生懸命「つくね」の後を追って跳ねる。
一緒になって、遊ぼうとする。

いつの間にか好きになっていたらしい、まめ太郎の頭の上。
きっと、暖かくて気持ちよかったのでしょう…
乗せてあげれば、じっとその上で眠ってしまいそうになる事も。

「きっと、明日は立ち上がってくれる。」
そう思いながら、日々過ごしていました。



ですが、11月14日。
前よりずっと脚の力が弱くなっていることに気がつきました。
ゴハンを食べる時間も、我が家に来た頃には「つくね」と「ささみ」合わせても5分程度で終わっていたモノが、10分、20分と時間が掛かるようになっていました。
その旨をまめパパに相談して、週明けに病院に連れて行く事に…
幸い、まめ家の傍(と言っても、バスで20分程で、1時間に1本。)に鳥専門の病院があったのです。
鳥の病院.JPG月曜日(11/16)朝一番で病院に向かいました…
ですが、その日は…
午前中は病院の休診。(院内の消毒の為)そして、午後は予約でいっぱいだと言われ仕方なく帰って来ました。
翌日も病院は休診。水曜日は大雨でしかも寒く、外を歩くには「ささみ」のとって厳しすぎる。
と、結局不運が続き、やっと木曜日(19日)に診察を受けられることに…

診察をしてもらいながら、先生から色々な話を聞く。

私なりに勉強したつもりだったが、それでもまだ足りなかった。

「ささみ」の様なシナモン文鳥は本当に最近、品種改良によって出てきた品種で、ほぼメスの遺伝子の塊。
白文鳥や桜文鳥のように定番化してる品種よりも数倍身体が弱いし、親の遺伝かそれとも親鳥に薬を飲ませてなのかはわからないが「ささみ」の様に赤目の子は色素も薄く光にも弱い。
通常、生後約1ヶ月ほどの子の体重は25グラム程度なのだが、「ささみ」は19グラムしかない。栄養の補給が必要。
などなど…

それに、この先また新たな病気になる確率も高いと言えるし、足も立つかはわからない。

全てのシナモン文鳥がそうだとは限りません。
しっかり元気に大人になっている子もいるんです。

だから出来る限りの治療をしていきましょう…

とりあえず、今の時点では状態が良いとは言えないし、急変する可能性もあるので、何かあったらすぐに病院に来てください。

そう言われ、その日は食べる量が少なくなってしまったゴハンの変わりに栄養が取れるようにと、栄養剤と流動食、そして薬を1種類貰って帰って来ました。
そして、「たとえこの先立つ事が出来なくても、大切な家族。とことん付き合ってやろう。」そう覚悟を決めました。

まめパパにも、病院で話されたことを全て話し、これからの生活で必要になってくるであろう物の数々を会社帰りに買ってきてもらいました。
そして、全ての準備が整った土曜日。
11月21日。
朝、私が起きてくるといつも通り「ささみ」はカゴの中でゴソゴソ動き回っている。
家事を進めながら、「ささみ」と「つくね」の朝ゴハンの準備を進め、そして二人のゴハンの時間。

「つくね」はもう大人のゴハンを食べながらなのですが、しっかりと食べてくれる。
「ささみ」は…
ゴハンを差し出しても、口を開こうとしない。
それどころか、水を飲ませても首を振って嫌がり、ちょくちょく痙攣を起こす。(コレが初めての痙攣でした。)
私の手に乗っている「ささみ」の感覚は明らかに弱くなっていて、体重を計ると、17グラム。減っていた。

確実におかしい。

そう思った私は、まめパパを起こし病院に電話。
「すぐに来てください。」
と言われ、準備をしてすぐに病院へ向け出発。

病院に着くと「ささみ」はすぐに診察室に運ばれて、様子を見てもらう。
私とまめパパは診察の順番が来るまで待合室で待っている。
この時間、どれだけ長かったか…
4種類の薬.JPG
ようやく診察室に呼ばれた時に見た「ささみ」の姿は、ブドウ糖を与えられ、一時元気になっていた。
ただ、痙攣のような動きはまだ見せている。
まめパパと共に先生の話を聞き、前回処方された薬と流動食に加え、4種類の薬が出されました。

いつもゴハンとして食べていた「粟玉」ももう飲み込めない状態なので、流動食を与える。
通常のゴハンの時は1日に4回程度(+α)だったゴハンでしたが、出来る限り栄養を取りたいので、1時間から2時間ごとにこの流動食を与えて欲しい、それに加えて4種類の薬を一日に3回。
栄養剤と流動食。.JPG自分で食べる事の出来ない「ささみ」。
身体を押さえつけて、口に流し込んでやるしかありません。
小さな身体の「ささみ」にとっては苦痛です。
その姿は、見ているだけでも辛い。
でも、やらなければ。
「元気になってくれるなら…」そう思い、自分の手間など全く苦に感じず、時間をかけながらゆっくりとゴハンを与えました。

「ささみ」の診察が終わり、家に帰り、まずはまめ太郎や小豆、「ささみ」と「つくね」のゴハンの準備をする。
「つくね」はもうほとんど大人のゴハンで大丈夫そうなのだが、とりあえず食べさせる。
そして、「ささみ」のゴハンの番。

流動食を小さなスポイト状の容器に入れ、一滴ずつ口に流し込む。
病院の先生からは「最初は2〜3滴飲んでくれれば上々。」と言われたのですが、「ささみ」も頑張っていたのか20滴以上飲んでくれました。
続いて同じように4種類の薬を口に流し込む。
首を振り、嫌がりながらも何とか飲み込んでくれました。

ようやく「ささみ」のゴハンも終わり、カゴに戻して様子を見始める…
カゴの中では「ささみ」も一瞬元気を取戻したようにバサバサと羽をバタつかせてみたり、少し跳ねてみたり…
少しホッとした矢先の事でした。

さっきまで動いていた「ささみ」。
カゴの中で倒れました。
14時50分頃。
コレが「ささみ」の最後でした。
手に取った「ささみ」の身体はまだ温かく、首が垂れそうになったので、慌てて支えました…

先月の「たれ」に続き、「ささみ」まで…
私はもう、涙が出ませんでした。
ぶっちゃけてしまうと、自分の気持ちさえわからなくなってしまっていたのです。
ただ、「ささみ」は最期まで頑張った。
まだまだ小さいのに、この世界に出てきたばかりなのに…
本当に2ヶ月足らずの短い生涯、出来る事ならもっとこの世界の楽しさを知って欲しかった…
他にも沢山思う事はありました。

その後、「ささみ」の身体をゴハンのいっぱい詰まった小さな箱に入れ、「たれ」の眠る霊園に連絡しました。
このように事務的に動いてしまう自分がとても嫌にまりました。
まめ太郎のお別れ。.JPG

翌日。
「ささみ」を霊園に預ける前に、まめ太郎も挨拶をしました。

まめ太郎の頭の上が好きだった「ささみ」。

まめ太郎と離れてしまうのもきっと寂しいでしょう…



小豆のお別れ。.JPGそして、小豆も…

いつも目をキラキラしながら、「ささみ」を狙っていた小豆。
何かを感じたのでしょうか…
そっと様子を伺うように近付いていました。



つくねもお別れ。.JPGそして、「つくね」も…

一緒に我が家へ来た、一番近い存在。
いつもピッタリくっ付いて、本当にに仲良しでした。

兄弟のような存在。
そっと近付いていき、箱の中を見ていました。



こうして、それぞれのお別れを済ませた後、「ささみ」の身体の下に更に沢山のゴハンを敷き詰め、沢山の花を飾り、霊園に向かいました。

霊園に着くと、火葬場で「ささみ」とお別れ。
お線香を立て、私は頭の中で「ささみ」に…
「よく頑張ったね…」
目いっぱい褒めてあげました。

霊園から一度出ると、すぐ傍にある「たれ」の眠るペットの慰霊碑の元へ行き、来る途中に買った花を供え、「たれ」にも挨拶をしました。
「「ささみ」をよろしくね…」

こうして、私とまめパパは家に戻り、また普通の生活に戻りました。
次に「ささみ」に会えるのは12月6日。
納骨式の時です。
ささみ.JPGこの日から、「つくね」は子供用のゴハンを食べなくなりました。
もう、すっかり大人のゴハンで生活をするようになりました。
そして、「しお」とも…
「しお」の後をピッタリくっ付いて動き回るようになり、すっかり仲良しに。

この姿が、ほんの少し私を救ってくれました。

今回の「ささみ」の事で、私も貴重な経験と沢山の勉強をしました。
全ての子ではありませんが、品種改良の怖さや残酷さ。
「ささみ」のように本当に小さな身体でも、目いっぱい頑張れる事。
そして、改めて命の大切さを感じました。

沢山の事を教えてくれた「ささみ」。
短い期間でも、我が家の家族として過ごしてくれた事、沢山のことを教え、感じさせてくれた事…
全てに感謝したく思います。

ささみ、ありがとう。

違う世界に行ってもきっと、「たれ」が待っていてくれるからね。
仲良くするんだぞ!!!



「ささみ」の様子を心配していただいた皆様、本当にありがとうございました。
この今日のお話を最後まで読んで頂いた皆様も、本当にありがとうございました。

そして、心配してご連絡頂いた皆様も…
本当にありがとうございました。
私は大丈夫です。
ちゃんと元気に普通の生活を送っております。

「ささみ」への感謝の気持ちと…
見守ってくださる、沢山の方達への感謝の気持ちを込めて…

〜完〜











posted by まめママ at 11:00| 大切な宝物。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月23日

たとえこの先、立つ事が出来なくても…〜ご報告まで…〜

私事で誠に申し訳ありませんが、管理人、多忙につき只今コメント欄の方を閉めさせて頂いております。ですが、どうぞ楽しんで行ってくださいませ。)
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本来なら、前回のお話「ビビッて、食って、絡まれて…。〜前編〜」の続きを書くべきなのですが、急遽状況が変わってしまいまして…

今日はとりあえず、ご報告までですが、
別のお話をさせて頂きます。
ささみ.JPG




先週辺りの記事にも少し書かせて頂いたのですが…
先月24日に我が家の家族の一員となった、文鳥の「ささみ」の調子が悪くなりました。
一緒に家族の一員となった、「つくね」はすくすくと元気に成長し、もうしっかり立ち上がって、大人のゴハンも食べられるようになり、もう少ししたら、先輩の「しお」との同居生活が始められそうなのですが…
先々週の末あたりに、「ささみ」の異変に気がつきました。
脚が弱いらしく、全く立ち上がれないのです。
幸い、まめ家の傍には「鳥専門の病院」があった為、急いで病院にも行きました。
そして、私はおぼつかないながらも病院から言われた通りに介抱し、薬を与え…
「ささみ」も嫌がりながらも一生懸命薬を飲みながら、頑張りました。
私も「ささみ」を介抱しながら、
「たとえこの先、立つ事が出来なくても大切な家族の一員。とことん付き合ってやろう。」と覚悟を決めたりもしていました。

ですが、先日。
11月21日(土曜日)、14時50分頃、
息をひき取りました。

10月の始め頃生まれたばかりの「ささみ」。
たった、2ヶ月足らずの一生でした。
あまりにも短すぎました…
先輩の「たれ」も先月逝ってしまったばかり…

悲しくて、寂しい気もするのですが、ぶっちゃけてしまうと今の自分の気持ちさえ良くわからず、整理出来ていない状態です。
それと…
今回の「ささみ」の事で悲しい現実を目の当たりにもしました…

たった2ヶ月足らずの一生でも、ちゃんと残しておきたい。
「ささみ」の事で私も始めて知った事も、「ささみ」がどれだけ頑張ったのかも…

出来る限り、私なりに丁寧に書きたいと思ってます。
後日改めて、きちんと整理して記事にしたく思いますので、もう少々お待ちください。

とりあえず、今日は申し訳ありませんが…
「ささみ」の事を心配してくださった皆様へのご報告までとさせていただきます。

〜完〜

posted by まめママ at 11:00| 大切な宝物。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

分け隔ての無い、自由な世界へ…

私事で誠に申し訳ありませんが、管理人、多忙につき只今コメント欄の方を閉めさせて頂いております。
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前回書かせて頂いた、「たれ」と「しお」のお話の続きです。

二人が我が家に来てから、朝、寝ぼけて起きてきた私も二人がさえずる声で目が覚め…
二人が部屋の中をバサバサと飛び回る音がとても賑やかに感じ…

まめパパと結婚する前も、した後も、まめ太郎や小豆が我が家に来る前も、来た後も、本当に我が家の一員として居て当たり前の存在で…

まめパパの帰りが遅くなる日も、寂しさを感じる事はなくなりました。

「たれ」と「しお」。
二人が居て、当たり前の生活。
当たり前で楽しい生活を送ってました。


ですが、そんな生活もいつか終わってしまう日が来る。
それぞれ、いつか別れなければならない日が来る。
そうわかっていても、まだずっと先の事だと思っていました。

それに反して、その時は突然やってきました…
pm9:30頃、止まり木から落下。.JPG10月15日。

朝起きると、「たれ」も「しお」もいつもと変わらずさえずり、籠の中で餌を突いたり、止まり木を登ったり降りたり…
本当にいつもと変わらず元気で居ました。

その日の夜、最近はまめパパも帰りが早く20時頃頃には帰ってきました。
夕食を済ませ、落ち着いた頃…
21:30頃。

突然鳥かごの中で…
バサバサバサバサッ!!!
ピピピピピピッ!!!
「たれ」と「しお」二人が羽をばたつかせ、鳴く声が聞こえました。


何事か!?
そう思い、鳥かごの中を見ると、「たれ」が止まり木から落ち、床のネット部分に脚を絡ませていました。
どうにか逃れようとバタバタと動いてはいるが、脚が絡み逃れられない。

私とまめパパは慌てて鳥かごを開けて、ネットに絡んだ「たれ」の脚を解くように助けました。
だが、助けた時点で異変に気がつく。
雛の頃、使ってた籠で病院へ….JPG
右脚が動かなくなっている。
脚の指も曲がり、触るのを拒む。
それに加え、口をパカッと開け呼吸するのも苦しそう…

最初は骨折か?と思いました。

まめパパは咄嗟に夜間の動物病院を探す。
私は「たれ」と「しお」が雛の時に使っていた鳥かごを引っ張り出し、それにタオルを敷き、すぐにでも病院へ向かえるように準備をする…。




自宅出発時、自発呼吸も苦しそう….JPGそして、病院へ電話。
家から車で30分ほどの場所にある病院。

その時点で、私は何か嫌な予感がしました。
慌てながらも、私は「たれの姿を写真に収めなければ…」と思い、まめパパが車の準備をしている間に何枚か写真を撮りました。

まめ太郎と小豆、鳥かごへ戻った「しお」にはお留守番を頼んで、私は寝巻きに上着、もちろんスッピン、つっかけで家を出て車に乗り込む。

車での移動中、急いでいるのにやたらと時間が掛かっているように感じました。

病院に到着し受付を済ませると、「たれ」の様子を見た看護婦さんが「状態が悪いですね。先に診察しますね。」
と、「たれ」を先に診察室へ連れて行きました。
酸素ボックスの中で呼吸を整えさせて、下がってしまっていた体温を上げる為に暖めてくれているらしい…

それから30分程、先に診察の患者さんが出てくるまで、私とまめパパは待合室でひたすら待っていました。

そして名前を呼ばれ、診察室に入ると…
酸素ボックスの中で、さっきよりも少し元気になった様子の「たれ」の姿がありました。
その姿を見て、ホッとしたのもつかの間。
先生から、「たれ」の病状の説明を聞く。
治療報告書。.JPG自発呼吸も困難で、体温もかなり下がっている。
元々内臓に疾患があったのか?
止まり木から落ちた時の外傷性ショックか?
神経的なものなのか?
原因は特定出来ない。

私とまめパパが事の経緯を詳しく話し「骨折では?」と聞いてみたが、脚を触診した感じでは骨折では無さそうだ。

ただ、危ない事には変わりない。
このまま、朝までもつかもわからない。
それを了承の上で、病院に預けて自宅に帰るか?
朝までブドウ糖の注射を1時間ごとに与え、体温を上げる為に湯たんぽで暖めながら様子を看て朝一番で小鳥を看てくれる病院に連れて行くか?
その2つの選択肢を与えられました。

私とまめパパの答えは当然、
朝までもつ保証が無いのなら、自宅で朝まで面倒看て、病院に連れて行く。

そう決め、病院からは翌朝行く病院への紹介状とブドウ糖の注射のセットを頂き…
体温が下がらないように、湯たんぽとタオルを敷いた小さな箱に入った「たれ」を引き取り、家へ帰ってきました。(23:00過ぎ)
帰宅後、(pm11:30過ぎ)パパの手の中で。.JPG家に着くと、早速「たれ」の入る箱の準備。
その間「たれ」はまめパパの手の中に。

少しだけ元気になったように見えた「たれ」は何とか立ち上がろうと、まめパパの手の中でゴソゴソ…



もう、立ち上がれない。(最後の写真).JPG
湯たんぽを温め直し、箱に「たれ」を入れる前に撮った写真。
まめパパの手の中で、必死に生きてる…
頑張ってるこの写真が、
「たれ」の最後の写真となりました。


その後、箱に入った「たれ」。
そろそろブドウ糖の注射の時間。
注射と言っても、針の無い注射器で口元にほんの少しブドウ糖の液体をつけてあげるだけの作業。
この作業を1時間ごとに行う。
二人が家に来た時、まだ「たれ」と「しお」が雛だった頃、やはり針の無い小さな注射器で餌を上げていた時を思い出しました。
それに比べたら、ブドウ糖の液体なんて、美味しくないよね…
首を振り、嫌がる「たれ」の口元にその液体を私はつけました。

こうして、一度目の注射の時間は終わり。
そっと箱の蓋を閉め、「たれ」が眠れるように暗くしました。

私はその箱をテーブルの上に置き、その横に座ってました。
箱の中からは、コツコツと中から「たれ」が箱を突いている音がする…。

その音が突然、止まりました。
10月16日、am0:15。
箱の蓋を開けると、そこには目を閉じて横たわる「たれ」の姿がありました。
私は慌ててまめパパを呼び、「たれ」を手に取る。
まだ身体は温かいのに、全く動かない。
これが「たれ」の最期でした。

それから私は「たれ」を両手で包み、祈るように暖め続けました。
私の手の中で、どんどん固くなっていく「たれ」の身体。
1時間ほど経った頃、まだ温かい様な感じがするけど固くなってしまった「たれ」を小さな箱の中に戻しました。

寂しいもので、翌朝にはまた普通の生活が待っている。
まめパパに、「どこかで踏ん切りをつけなければならないんだよ。」と言われましたが、私はベッドに入っても一睡も出来ませんでした。
まめ太郎、最後の挨拶。.JPG
翌朝、「たれ」が居ないという事以外、いつもと変わらない生活がやってきました。

「しお」はいつも「たれ」を呼んでいた時の様に啼いてました。

いつも通り、まめパパを会社に送り出し…
もう一度、「たれ」の姿を見ました。
そして、

まめ太郎も、「たれ」に最後のご挨拶。



小豆、最後の挨拶。.JPG

小豆も「たれ」に最後のご挨拶。



しお、最後の挨拶。.JPG

そして「しお」も、チョンチョンと「たれ」に近付いて行きながら、最後のご挨拶。

私は涙が出そうでしたが、我慢しました。
泣いた方が楽だったかも知れませんが、最後まで頑張った「たれ」の姿を思い出すと、私も泣かずに頑張りたかったのです。
そして、まめパパから言われた様に、
「どこかで踏ん切りをつけなければ…」
と思い、色々な準備をしました。
そうやって動く事で、泣く事を避けられたのかも知れません。

「たれ」の遺体をどうするか?
悩みました。
本当は、ずっと近くに居て欲しい。
でも、ウチはマンションだから、埋めてあげる庭も無い。
だからと言って、大きなプランターを買ってきて、そこに「たれ」の遺体と植物でも…という気にもなれない。
ペットの霊園で、火葬して頂く事にしました。
まめパパは「個別火葬をしてもらって、骨を持って帰って来ても良いよ」と言ってくれたのですが…
産まれてから、まだ目の開かないうちに我が家にやって来た、「たれ」。
家の中を飛び回ることは出来ても、空を自由に飛ぶことも出来なかった。
それをまた、家の中にずっと閉じ込めておくのは可哀想…

色々と考えました。
考えた結果、ようやく出せた答え。
色んなお友達と一緒に火葬してもらい、一緒のお墓に入れてもらおう。
自然たっぷりのそのお墓には、私達はいつでも会いに行ける。
だから「たれ」は分け隔ての無い、自由な世界でいっぱい遊ぶと良い。
もしかしたら、そこにはワンちゃんや猫ちゃんが多いのかもしれないけど、その境界さえ無い世界できっと「たれ」も一緒に遊べるはず。


こうして、我が家から車で1時間弱の距離にある霊園に御願いすることにしました。

10月17日、土曜日。
朝から小さな木箱を用意し、底へタオルを敷き、沢山のゴハンを敷き詰め、
「たれ」の身体をそっと置きました。
そしてその身体が埋まってしまう程の、沢山のお花も一緒に…
(あえてその時の写真は公開しません。)

まめパパと私は、「たれ」入ったその小さな木箱を抱えて、霊園に火葬と埋葬の御願いをしてきました。
火葬場に小さな木箱を置き、お線香を上げて…

11月1日の納骨式まで、少しの間、お別れです。

やはり、泣きそうになりました。
でも、泣かない様に必死に我慢しました。
「たれ」も頑張ったから…。
一人暮らしには広すぎるよね。.JPG一人になった、しお。.JPG









「たれ」が居なくなってしまった後、鳥かごの掃除をしました。
掃除をしている間、自由にリビングを歩き、飛んでいる「しお」。

いつも「たれ」を呼んでいた時のように啼いています。

寂しいね。「しお」…

鳥かごの掃除が終わり、その中へ「しお」を戻そうとした時、ふと思いました。
今まで「たれ」と「しお」が一緒に暮らしていた鳥かごも、一人になったら、ちょっと広すぎるかもね…



形見の羽は、写真の裏に….JPG私の心にもなんだか小さな穴がぽっかり開いてしまった様な気がします。

とても寂しいです。

でも、絶対「たれ」の事は忘れません。
一緒に暮らした5年間、長いようで短い時間だったけど、本当に楽しい生活を送れました。
それは、人間二人、犬2匹、鳥2羽、みんなが揃っていたから。
楽しい生活を送れたのは、「たれ」も居たから。

ありがとう「たれ」。



「たれ」のお骨は帰ってきませんが、「たれ」を木箱に納める前に、私は「たれ」の羽を3枚貰いました。
2枚はそれぞれ小さなカプセルに入れて、まめパパと私で持っています。

そして、もう一枚は…
「たれ」の写真の裏側にそっとしまっておきました。

これからもずっと、「たれ」は私達家族の一員です。


〜完〜



お読み頂いた皆様へ。
私の文才が無いばかりに、ダラダラと長い文章になってしまいました。
それにお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。


そして、この翌日。(10月18日)
事情はお話してませんでしたが前からのお約束があった為、お出かけをしました。
「たれ」の事があり、出かける事に一時躊躇はしたのですが、やはりどこかで踏ん切りをつけ、私も前に進まなければ…と思ったのです。
そこで、一緒に楽しい時間を過ごして頂いたお友達の皆様、本当にありがとうございました。
この度の「たれ」の事、突然の事で私も本当に落ち込んでいました。
でも、その楽しい時間を過ごす事で、私も気分転換できました。
また、私も前向きに元気に過ごせそうです。
posted by まめママ at 11:00| 大切な宝物。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

「たれ」と「しお」。

私事で誠に申し訳ありませんが、管理人、多忙につき只今コメント欄の方を閉めさせて頂いております。ですが、どうぞ楽しんで行ってくださいませ。)
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この「まめログ。」は、まめ太郎と小豆の日記なのですが…
今日は、まめ太郎と小豆よりもずっと前から我が家の家族だった、

「たれ」と「しお」
のお話を書かせて頂こうと思います…。
(文鳥日記です。携帯の写メ等が入ります。少々画像が荒い所もありますが、ご了承ください。)

もう、5年も前の話になるのですが…
まだ、まめパパと結婚する前の話。

まめパパと同棲をしている頃。(結婚前2年間同棲してました。)
まめパパも私も仕事をしていて、帰る時間もバラバラ。
特にまめパパは残業が多かったり、飲み会があったりで帰りが遅く、朝方になる事もありました。
私もその帰りを待っていたり、私も一人飲みに行っていたりしたのですが、やっぱり、待っている時間は寂しい…
一緒に暮らしていても、何となく距離を感じるようになり、それがだんだんと苦痛になり…
だんだんと落ち込んでいった時期が私にはありました。

それを知ったまめパパ。

昔、まめパパが文鳥を飼っていた話をしてくれました。
まめパパは一羽で飼っていたそうですが、それがまた、とても可愛いと…。

私はそれを聞き、どうしてもペットが欲しくなったのです。
ただ、その時住んでいた家は犬や猫のペットは禁止。
まめパパの話の影響もあり、「文鳥を飼おう!」という事になったのです。

そして、その文鳥を探しに行った5年前の5月。
GW真っ最中、とあるペットショップで文鳥の雛が沢山入った鳥かごを発見!
あまりにも沢山いたので、どの子にしようかと悩みました。(苦笑)
ピーチクパーチク鳴いて居る沢山の文鳥の中で、一番元気な子に決定。

でも、よくよく考えたら、その子一人で育てるのは寂しいかも…
ということで、出来れば、つがいである事を祈りつつ…
(この時点では、まだ目も開いてなく、性別もわかりません。)
一番元気な子と、二番目に元気な子の2羽に決定!!!(笑)

二羽の文鳥が、家族の仲間入りをしました。
たれ&しお-1.jpgそれが、「たれ(写真右)」と「しお(写真左)」です。

名前の由来は…
ペットショップで、この名前を言った時も笑われてしまったのですが…(汗)

「とり」と言ったら、焼き鳥でしょう!!!
ココから決まった名前が「たれ」と「しお」でした。

まだまだ子供の羽で黄色っぽいのですが、微妙に背中の部分の羽が灰色がかったのが、「たれ」。
真っ白(黄色?)なのが、「しお」。



たれ&しお-2.jpgそこから始まった、育児。(育鳥?)
毎日、一日3回、我先にと二人揃って口を広げる「たれ」と「しお」に注射器でゴハンを与えたり…
籠の掃除をしたり…

二人を家族に迎えるまで感じていた寂しさは、本当にどこかへ吹っ飛んでしまう程、忙しく、充実した時間を送る事になりました。

とにかく、この二人が大きく元気に育ってくれるのが楽しみになりました。



羽も生え変わり….JPGたれ.JPG
そして、あっという間に「たれ」も「しお」も大きくなり…

とりあえず二人とも、見分けがつかなくなるほど(笑)大人の真っ白な文鳥に育ちました。(笑)
(それぞれの行動、性格の違いで見分けがついてました…)

しお.JPG



ちゃんと、手乗り文鳥に…-1.JPG
2羽以上で飼うと、手乗りにするのは難しいと聞いていた文鳥。
「たれ」と「しお」もそうなってしまうのか?
なんて思ってたのですが…

そんなことは無い。(笑)

二人とも、しっかり手乗りでした。
外に出して飛ばしてやる事はもちろん出来ないですが、籠の外(部屋の中)に出たときぐらいは、自由に遊ばせてやりたい。
そう思い、羽を切らずにいたので…

二人が自由にしている時は、部屋の中を、
バサバサバサバサッ!!!
と飛び回っている事も多かったのですが…
パパの上が居心地が良かったらしい。-1.JPGパパの上が居心地が良かったらしい。.JPG






まめパパが居る時は、まめパパの上に居るのが居心地が良かったらしく…

肩の上や、頭の上に居る事もしばしば…(笑)

まめパパ、完全に鳥の巣化してました。



手のひらで眠ることも。-1.JPG手のひらで眠ることも。.JPG






もちろん手乗り文鳥になってくれたので、手の上で落ち着き、その場で眠ってくれる事もありました。

こうして大きくなった「たれ」と「しお」。
ようやく、それぞれの性別が判明する時期が来ました!!!



ゴハン場で、卵を産んでしまう。.JPGゴハン場で、卵を産んでしまう。-1.JPG
「たれ」が卵を産んだのです!!!
しっかり「しお」との交尾活動もありました。

それがわかった時は本当に嬉しかった!
いつか、二人の間の子供が産まれてくる事も期待しました。
(残念ながら卵は無精卵だったらしく、孵りませんでした。二人の子供を見ることは出来ませんでした。)

ですが、卵を産んでる「たれ」。
とんでもない勘違いする子でした。

ちゃんと卵を産める場所を作ろうと、つぼ型の巣を用意したにも関わらず…
餌箱の中で、卵を産む。(汗)
餌箱の中で、卵を産んでその中で暖めてしまうので、「しお」が餌を食べられない…(滝汗)

仕方なく、もう一箇所追加で餌場を作る事に…
お風呂に入ると、残念な姿。.JPG
それに加え、「たれ」は天然の勘違い娘だったらしく…

水浴び用の器を用意していても…
水飲み用の箱で、水浴びをする。

「しお」は普通に水浴び用の器で水浴びしてくれるのに。
どうしても「たれ」は水飲み用の箱で窮屈そうに水浴び…(笑)

本当に不思議な子です。



まめ太郎たちの存在にも動じず….JPGそんな感じで生活しているうちに、私とまめパパも結婚をしました。

ドタバタの引越しをして、新しい今の住居に移り住み、更に新しい家族のまめ太郎を迎え入れました。

そんなまめ太郎のパピー時代も見守ってくれた二人。



狙われてる?.JPGまめ太郎たちの存在にも動じず…-1.JPG





そして、もちろん小豆が来た時も。

最初はまめ太郎や小豆と籠越しでしか会わせてあげられなかったのですが…
だんだんと慣れてきて、それぞれが自由にリビングで遊ぶ姿も。
(もちろん、私の見張りつきですが。(笑))
終いには、まめ太郎や小豆が近付いてきても、動じる事無く自由に振舞う「たれ」と「しお」。
二人とも、ものすごい度胸の持ち主です。

まめ太郎と小豆が来た事で、前よりもちょっと遊んであげられる時間は少なくなりましたが、「たれ」と「しお」は仲良く二人で遊んでました。



本当に仲良し!.JPG本当に仲良し!-1.JPG






リビングで自由に遊んでいる時、「たれ」がすぐ近くに居ないと鳴いて「たれ」を呼ぶ「しお」。
「しお」がちょっと遠くで呼べば(鳴けば)すぐに飛んでいく「たれ」。


本当に仲良しな「たれ」と「しお」。
身体は小さいかも知れないけど、この二人の存在感はまめ家の中ではとても大きなものです。



今日、どうしてこのお話を書かせて頂いたのか?
お読み頂いた皆様にはお気づき頂けたかも知れません。

身体の大きさに関わらず、一緒に暮らせば大事な家族。
その姿、ちゃんと残しておきたいのです。

まだ、続きのお話があるのですが…
涙が出そうなので、今日はここまでで…

良かったら…
まめ太郎と小豆のお話ではないのですが、次回、ちゃんと最後まで書かせて頂きますので、また、続きを読みに来てやって下さい。(願)

〜「たれ」と「しお」。完〜

posted by まめママ at 13:59| 大切な宝物。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

大切なお友達と、そのご家族の皆様へ…

(★ 申し訳ありませんが、管理人、多忙につきコメントのお返しが出来ない事をご了承ください。尚、コメントを頂いた際には必ず読ませて頂きます♪ (励みになります!ありがとうございます!!!))
★前の記事「こんなんいかがでしょう?〜マメコレPART,2〜」にコメントありがとう!!!
華ママさん、コハク主人さん

───────────────────────────────────────────────
つい先日、大切なお友達から悲しい知らせが届きました。

その知らせが届いてから記事にするべきか否か、私自身迷っていました。
でも、どんなに悲しい事でも出来るなら私の傍にも置いておきたい。
そう思いながらずっと迷っていました。
私自身、心の整理も出来ずにいました。

昨日、そのお友達のブログで、その悲しいお知らせの記事がアップされていました。
記事をアップする事がどれだけ辛かったろうと思います。
ですが今朝、お友達に連絡をしたところ、快く了承を頂いたので記事にさせて頂こうと思います。
文才の無い私ですが、出来る限りの形を残しておきたい。
そう思い、今日の記事を書かせて頂きます。
───────────────────────────────────────────────
私の元へ届いた悲しいお知らせ。
私達一家が愛して止まないお友達、「taiga ***** コーギー taiga とその家族のにぎやかな日々***** 」のtaiga君が虹の橋を渡ってしまったという知らせでした。

ブログを通じて知り合い、親しくさせて頂いていたお友達とそのご家族。
ずっと会いたくて仕方なくて、やっと去年の夏の終わりに対面を果たす事が出来たお友達。
きっと、言葉では表しきれない程の悲しみを抱きながらの連絡だったでしょう…
その知らせが届いた途端、私も頭が真っ白になり、言葉が出ませんでした。

それは今年1月1日、元旦。
交通事故。
ご家族皆さんの前での事だったそうです。
享年1歳8ヶ月と2日。

ついこの間までお気に入りの場所からヒョッコリ顔を出したり、子供達と一緒に遊んだり、元気に走り回る姿を見せてくれていたのに…
私の中に居るtaiga君は元気に笑ってる。
遊んでる。
家族に甘えてみたり、コッソリお父さんの作ってくれたゲージから抜け出してみたり…
表情豊かな顔で、みんなにも笑顔を与えてる…

そんなtaiga君の姿をもう、見る事が出来ないなんて。

信じられません。
信じたくありません。

葛藤ばかりが続きます。
こうやって記事にする事のお許しも頂けたのに、上手く書くことの出来ない、文才の無い自分を情けなく思ったりもします。
ですが、私の手元にあるtaiga君の写真、taiga君と過ごした事、私が思う事全てをここに残させて頂きます。
気持ち良さそうに走ってたね。.JPG初めてのドッグランはどお?.JPG
去年(2008年)9月6日。
まだ夏の暑さが残っていたこの日、兵庫県に帰省していた私達一家は、お友達のルナちゃん一家とtaiga君一家とご対面する約束をしていました。

もう、朝からドキドキワクワク。
しかもtaiga君はこの日、ドッグランデビューでした。

待ち合わせのドッグラン併設のカフェへ着き、待っていると、先にルナちゃん一家が。
そして少し遅れてtaiga君一家が。
カフェに入ってきたtaiga君はとにかく大興奮でみんなに飛びついてはご挨拶をしていました。
みんなでランチを楽しんでいる間も、ウロウロソワソワ…
小豆にちょっかい出して怒られたり、少々ビビリ気味のルナちゃんを追いかけてみたり…
人間の足元に来てはランチをねだってみたり…
とにかく人懐っこくて、愛嬌があって、誰からも愛されるキャラのtaiga君。
ルナちゃんを追い掛け回したり….JPG
そして、いよいよドッグランデビュー。

フワフワサラサラの毛をなびかせながら、気持ち良さそうに走り回っていました。

taiga君のヤンチャぶりもめいっぱい発揮され、ルナちゃんを追い掛け回してみたり、逆にまめ太郎に追いかけられたり…
小豆にちょっかい出してキレられ、狩りのターゲットになったり…
飛んだり跳ねたり…



ヘタレな所もtaiga君らしかった。.JPGまめ太郎に狩られたり….JPG
生き生きとしたtaiga君の表情は今でも鮮明に私の中に残っています。



目がキラキラしてました。.JPGYちゃんも目いっぱい可愛がってたね。.JPG
たくさん走り回って、たくさん遊んで、休憩する時は人間達の足元で。
休憩中でも、まだまだ遊ぶ気満々のそのキラキラした目。

休憩する時間が惜しいという程、人懐っこく甘えて回っていたね。
みんなにオヤツを配ってくれるYちゃんの足元にピッタリくっ付いて、Yちゃんを守るように歩いていた姿…
どれだけ愛おしく思える光景だったか…
同志。.JPGとにかく人懐っこくて….JPG










いくらでも遊んでしまうタフな子で….JPG
気が付けば、誰かの足元で甘えている甘えん坊のtaiga君。





とにかく甘ったれで….JPG



いたずらっ子で….JPG
ちょっとした隙に、ドッグランから出て行った家族を追いかけ、一緒になってドッグランから抜け出し、捕獲されたり…
イタズラっぽい所も見せてくれました。

愛嬌のあるその顔も大好きです。.JPG







捕獲されて、ドッグランに強制連行後も何事も無かったようなケロッとした顔でまた走り回って遊び…



どんな子でも、すぐにお友達になれる。.JPGどんな子でも、すぐにお友達になれる。-1.JPG
続々とやってくるお友達にも興味津々で、進んで挨拶をしに行ってお友達になれる、そんなtaiga君。



初めてのドッグランは楽しかったかな?.JPGクタクタになるまで遊んで。.JPG







クタクタになるまで遊んで、でも、こんなに良い表情を見せてくれたtaiga君。
その顔を見て、初対面の場所をドッグランのある場所にして本当に良かったと感じました。



こんなにイタズラっぽい表情も見せてくれる。.JPG
ドッグランを出た後も、ちょこちょこイタズラして回るtaiga君。
そのなんとも言えない表情がたまらなく愛おしかった。



家族がやっぱり大好き。.JPG何でも興味を示す….JPG
家族が大好きで、ちょっと姿が見えなくなるとその姿が見えなくなった場所をじっと見つめて…







好奇心旺盛な子だったね。.JPG
たまに気が散って、周りにあるものに興味を示したりもしてたけど、やっぱり家族の姿が現れるのをじっと待っていたtaiga君。



ずっと一緒に。.JPG
ブログの中でたくさんの笑顔や、ドキドキハラハラ、色んな表情をみんなにくれたtaiga君。
その姿も確かにtaiga君でした。

でも、実際に会って、生き生きと動き回るtaiga君の姿が…
そんなtaiga君が、私の中のtaiga君の全てです。

きっとその姿のまま色褪せる事無く、taiga君は私の中で生き続けます。

taiga君、それでもいいよね?



ずっと生き続けます。.JPG
もう、触る事は出来ないかも知れない。
でもね、そのキラキラした目に、生き生きした表情でずっとみんなの心の中に生き続けてください。

虹の橋の上で、みんなの姿を見ているであろうtaiga君。
美味しいものいっぱい食べてるんでしょ?
交通事故なんてありえない自由な場所で走り回ってるんでしょ?
疲れたら、きっと持って行ったであろうお父さんが作ってくれたゲージの柵をまた噛んで穴開けたり、そこから顔を出したりしてるんでしょ?

でも、ちゃんと家族やみんなの事見守っててね。
お父さんやお母さん、F君、S君、Yちゃん、そしてtaiga君と出会ったみんなの事を…

taiga君の存在があったから知った楽しさ、幸せ、苦しみ、悲しみがあるから。
それを教えてくれたtaiga君とそのご家族の皆様にに感謝の気持ちでいっぱいです。



最後にtaiga家の皆様…
相当なご心労だったと思います。
どうか、少しでも心と身体を休めてください。
F君、S君、Yちゃん。
お父さんお母さんとの約束「taiga君を笑顔で送ってあげようね」、ちゃんと守れてえらかったね。
小さな心に大きな傷を負いながらも気丈な姿で見送った子供達。
辛かったね。
でも、taiga君と過ごした時間、楽しかった事、嬉しかった事、ドキドキした事、悲しかった事、今すぐにとは言いません。
その全てを受け入れられる時が来たら、きっと一回り大きな人間になってるはずです。
それもtaiga君がくれた物、大事な宝物です。
辛さや痛みを知った人は、他の人間だけでなく動物、命ある全てのものに強く優しくなれると私は信じています。
きっと、F君もS君もYちゃんもそうなれる。
いつか、もしかしたら新たな家族を迎えることがあるかも知れません。
その時は恐れずに前に進んでください。
いつまでもtaiga君の姿、教えてくれた事を心に焼き付けて。
その姿をきっとtaiga君は見守ってるはずです。
みんなに強く優しくなれる素敵な大人になってください。


それが私のtaiga家の皆様への願いです。


〜taiga君へ〜
taiga君、さようならは言いません。
私もtaiga君にたくさんの事を教わった一人です。
本当にありがとう。
感謝の気持ちでいっぱいです。
今でも変わらず愛おしく、すぐ傍に居るように感じます。
ずっとそのまま私の心の中でも生き続けてください。
また、今年の夏場かな…帰省する時には会いに行くからね。


taiga君のご冥福を心よりお祈り申し上げます…

〜完〜


〜読んで頂いた皆様へ〜
私の足りない文章力にお付き合い頂いてありがとうございました。
もしかしたら私の文章では言葉が足りないかも知れません。
情けなく思います。
ですが、出来る事なら…
皆様の心の中にも、taiga君の姿、そしてtaiga君に愛情を注ぎ続けた家族の姿を焼き付けてください。
みんなに愛され、みんなに笑顔を与えたtaiga君。
ペットではなく、家族の一員、子供として育ったtaiga君。
命の大切さを教えてくれたtaiga君の姿を…
そして、taiga君にたくさんの愛情を注いだ家族の姿を…





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posted by まめママ at 13:58| Comment(5) | 大切な宝物。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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