私事で誠に申し訳ありませんが、管理人、多忙につき只今コメント欄の方を閉めさせて頂いております。ですが、どうぞ楽しんで行ってくださいませ。)
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今日はお話が長くなりそうなので、お時間がありましたら…
よかったら、お付き合いください。
一体何から書いたら良いのか…。
先日の記事で報告させて頂いた「ささみ」の事ですが…
悩んだ結果、「ささみ」が我が家に来た10月24日からの事を順を追って書こうと思います。
10月18日、先輩文鳥の「たれ」が5年の生涯を閉じました。
残された「しお」。
日に日に人懐っこくなってきたのです。
「文鳥は1羽になってしまうと人懐っこくなる。」
と聞いていた私。
確かに、人懐っこいのは嬉しい事だけど、同じ文鳥同士で仲良くしている姿を見ているのが良い…
そう思っていたので、急激に人懐っこくなる「しお」の姿を見ているうちに寂しくなり、「しお」が可哀想に思えてなりませんでした。
そんな時、まだ「たれ」が亡くなって間もなかったのですが、出来る限り早く新たな家族を迎え入れて、また「しお」も楽しく生活して貰える様に新たに雛を迎える事を決断しました。

そして、新たな家族として迎え入れたのが、「ささみ」と「つくね」でした。
「ささみ」はシナモン文鳥。
「つくね」は桜文鳥。
ペットショップのかごの中で、仲良くくっ付いていた二人を迎え入れたのです。
何故2羽?
ずっと前から我が家の家族だった「しお」がもう5歳だったから。
まだ生まれたばかりの「ささみ」と「つくね」。
もし、「しお」が先に逝ってしまった時にまた1羽となって寂しくならないように…。
こうして、私の「文鳥育児生活」が始まりました。

1日4回のふやかした「粟玉」を与えながら、少しずつ立ち上がる練習、続いて羽ばたいて、最後には飛べるようになる。
二人とも元気いっぱいだったので、だいたい11月半ば頃には挿し餌も終わり、少しは飛べるようになり、部屋の中をチョンチョンと跳ねながら遊び…
最終的には「しお」との同居生活も始められるようになるだろう。
そう思っていました。

最初は順調に進んでいた、「育児」。
「つくね」の成長は異常と思えるほど早く、あっという間に立ち上がり、少しずつ飛べるようになりました。
ですが、「ささみ」は…
少し立ち上がる事は出来たのですが、羽ばたいてもすぐに落ちてしまう。
色々私なりに勉強もしました。
シナモン文鳥は少し身体も弱く、成長が遅い子もいる。
シナモン文鳥以外の子も当然寒さには弱い。
そのほかにも色々…
ヒーターを出して暖めてもいました。
少しでも沢山のゴハンを食べて、元気に育って欲しいと思い、お腹が空いたと啼き出せばゴハンも与えても居ました。
ですが、最初は沢山食べていたゴハンの量もだんだんと減りだしたのです。

ゴハンの量が減っていても、「ささみ」は元気でした。
ですが、やはり少し脚が弱い感じがする…
上手く立ち上がることの出来ない脚でも、そっとリビングの床に下ろしてあげれば一生懸命「つくね」の後を追って跳ねる。
一緒になって、遊ぼうとする。
いつの間にか好きになっていたらしい、まめ太郎の頭の上。
きっと、暖かくて気持ちよかったのでしょう…
乗せてあげれば、じっとその上で眠ってしまいそうになる事も。
「きっと、明日は立ち上がってくれる。」
そう思いながら、日々過ごしていました。
ですが、11月14日。
前よりずっと脚の力が弱くなっていることに気がつきました。
ゴハンを食べる時間も、我が家に来た頃には「つくね」と「ささみ」合わせても5分程度で終わっていたモノが、10分、20分と時間が掛かるようになっていました。
その旨をまめパパに相談して、週明けに病院に連れて行く事に…
幸い、まめ家の傍(と言っても、バスで20分程で、1時間に1本。)に鳥専門の病院があったのです。

月曜日(11/16)朝一番で病院に向かいました…
ですが、その日は…
午前中は病院の休診。(院内の消毒の為)そして、午後は予約でいっぱいだと言われ仕方なく帰って来ました。
翌日も病院は休診。水曜日は大雨でしかも寒く、外を歩くには「ささみ」のとって厳しすぎる。
と、結局不運が続き、やっと木曜日(19日)に診察を受けられることに…
診察をしてもらいながら、先生から色々な話を聞く。
私なりに勉強したつもりだったが、それでもまだ足りなかった。
「ささみ」の様なシナモン文鳥は本当に最近、品種改良によって出てきた品種で、ほぼメスの遺伝子の塊。
白文鳥や桜文鳥のように定番化してる品種よりも数倍身体が弱いし、親の遺伝かそれとも親鳥に薬を飲ませてなのかはわからないが「ささみ」の様に赤目の子は色素も薄く光にも弱い。
通常、生後約1ヶ月ほどの子の体重は25グラム程度なのだが、「ささみ」は19グラムしかない。栄養の補給が必要。
などなど…
それに、この先また新たな病気になる確率も高いと言えるし、足も立つかはわからない。
全てのシナモン文鳥がそうだとは限りません。
しっかり元気に大人になっている子もいるんです。
だから出来る限りの治療をしていきましょう…
とりあえず、今の時点では状態が良いとは言えないし、急変する可能性もあるので、何かあったらすぐに病院に来てください。
そう言われ、その日は食べる量が少なくなってしまったゴハンの変わりに栄養が取れるようにと、栄養剤と流動食、そして薬を1種類貰って帰って来ました。
そして、「たとえこの先立つ事が出来なくても、大切な家族。とことん付き合ってやろう。」そう覚悟を決めました。
まめパパにも、病院で話されたことを全て話し、これからの生活で必要になってくるであろう物の数々を会社帰りに買ってきてもらいました。
そして、全ての準備が整った土曜日。
11月21日。
朝、私が起きてくるといつも通り「ささみ」はカゴの中でゴソゴソ動き回っている。
家事を進めながら、「ささみ」と「つくね」の朝ゴハンの準備を進め、そして二人のゴハンの時間。
「つくね」はもう大人のゴハンを食べながらなのですが、しっかりと食べてくれる。
「ささみ」は…
ゴハンを差し出しても、口を開こうとしない。
それどころか、水を飲ませても首を振って嫌がり、ちょくちょく痙攣を起こす。(コレが初めての痙攣でした。)
私の手に乗っている「ささみ」の感覚は明らかに弱くなっていて、体重を計ると、17グラム。減っていた。
確実におかしい。
そう思った私は、まめパパを起こし病院に電話。
「すぐに来てください。」
と言われ、準備をしてすぐに病院へ向け出発。
病院に着くと「ささみ」はすぐに診察室に運ばれて、様子を見てもらう。
私とまめパパは診察の順番が来るまで待合室で待っている。
この時間、どれだけ長かったか…

ようやく診察室に呼ばれた時に見た「ささみ」の姿は、ブドウ糖を与えられ、一時元気になっていた。
ただ、痙攣のような動きはまだ見せている。
まめパパと共に先生の話を聞き、前回処方された薬と流動食に加え、4種類の薬が出されました。
いつもゴハンとして食べていた「粟玉」ももう飲み込めない状態なので、流動食を与える。
通常のゴハンの時は1日に4回程度(+α)だったゴハンでしたが、出来る限り栄養を取りたいので、1時間から2時間ごとにこの流動食を与えて欲しい、それに加えて4種類の薬を一日に3回。

自分で食べる事の出来ない「ささみ」。
身体を押さえつけて、口に流し込んでやるしかありません。
小さな身体の「ささみ」にとっては苦痛です。
その姿は、見ているだけでも辛い。
でも、やらなければ。
「元気になってくれるなら…」そう思い、自分の手間など全く苦に感じず、時間をかけながらゆっくりとゴハンを与えました。
「ささみ」の診察が終わり、家に帰り、まずはまめ太郎や小豆、「ささみ」と「つくね」のゴハンの準備をする。
「つくね」はもうほとんど大人のゴハンで大丈夫そうなのだが、とりあえず食べさせる。
そして、「ささみ」のゴハンの番。
流動食を小さなスポイト状の容器に入れ、一滴ずつ口に流し込む。
病院の先生からは「最初は2〜3滴飲んでくれれば上々。」と言われたのですが、「ささみ」も頑張っていたのか20滴以上飲んでくれました。
続いて同じように4種類の薬を口に流し込む。
首を振り、嫌がりながらも何とか飲み込んでくれました。
ようやく「ささみ」のゴハンも終わり、カゴに戻して様子を見始める…
カゴの中では「ささみ」も一瞬元気を取戻したようにバサバサと羽をバタつかせてみたり、少し跳ねてみたり…
少しホッとした矢先の事でした。
さっきまで動いていた「ささみ」。
カゴの中で倒れました。
14時50分頃。
コレが「ささみ」の最後でした。
手に取った「ささみ」の身体はまだ温かく、首が垂れそうになったので、慌てて支えました…
先月の「たれ」に続き、「ささみ」まで…
私はもう、涙が出ませんでした。
ぶっちゃけてしまうと、自分の気持ちさえわからなくなってしまっていたのです。
ただ、「ささみ」は最期まで頑張った。
まだまだ小さいのに、この世界に出てきたばかりなのに…
本当に2ヶ月足らずの短い生涯、出来る事ならもっとこの世界の楽しさを知って欲しかった…
他にも沢山思う事はありました。
その後、「ささみ」の身体をゴハンのいっぱい詰まった小さな箱に入れ、「たれ」の眠る霊園に連絡しました。
このように事務的に動いてしまう自分がとても嫌にまりました。

翌日。
「ささみ」を霊園に預ける前に、まめ太郎も挨拶をしました。
まめ太郎の頭の上が好きだった「ささみ」。
まめ太郎と離れてしまうのもきっと寂しいでしょう…

そして、小豆も…
いつも目をキラキラしながら、「ささみ」を狙っていた小豆。
何かを感じたのでしょうか…
そっと様子を伺うように近付いていました。

そして、「つくね」も…
一緒に我が家へ来た、一番近い存在。
いつもピッタリくっ付いて、本当にに仲良しでした。
兄弟のような存在。
そっと近付いていき、箱の中を見ていました。
こうして、それぞれのお別れを済ませた後、「ささみ」の身体の下に更に沢山のゴハンを敷き詰め、沢山の花を飾り、霊園に向かいました。
霊園に着くと、火葬場で「ささみ」とお別れ。
お線香を立て、私は頭の中で「ささみ」に…
「よく頑張ったね…」
目いっぱい褒めてあげました。
霊園から一度出ると、すぐ傍にある「たれ」の眠るペットの慰霊碑の元へ行き、来る途中に買った花を供え、「たれ」にも挨拶をしました。
「「ささみ」をよろしくね…」
こうして、私とまめパパは家に戻り、また普通の生活に戻りました。
次に「ささみ」に会えるのは12月6日。
納骨式の時です。

この日から、「つくね」は子供用のゴハンを食べなくなりました。
もう、すっかり大人のゴハンで生活をするようになりました。
そして、「しお」とも…
「しお」の後をピッタリくっ付いて動き回るようになり、すっかり仲良しに。
この姿が、ほんの少し私を救ってくれました。
今回の「ささみ」の事で、私も貴重な経験と沢山の勉強をしました。
全ての子ではありませんが、品種改良の怖さや残酷さ。
「ささみ」のように本当に小さな身体でも、目いっぱい頑張れる事。
そして、改めて命の大切さを感じました。
沢山の事を教えてくれた「ささみ」。
短い期間でも、我が家の家族として過ごしてくれた事、沢山のことを教え、感じさせてくれた事…
全てに感謝したく思います。
ささみ、ありがとう。
違う世界に行ってもきっと、「たれ」が待っていてくれるからね。
仲良くするんだぞ!!!
「ささみ」の様子を心配していただいた皆様、本当にありがとうございました。
この今日のお話を最後まで読んで頂いた皆様も、本当にありがとうございました。
そして、心配してご連絡頂いた皆様も…
本当にありがとうございました。
私は大丈夫です。
ちゃんと元気に普通の生活を送っております。
「ささみ」への感謝の気持ちと…
見守ってくださる、沢山の方達への感謝の気持ちを込めて…
〜完〜